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>>> 我輩は猫である
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多々良三平 2008-02-01 04:36:51 |
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主人の家にもと住んでいた我輩のもっとも嫌う種類の書生で、現在は六つ井物産会社の役員になっており、ときどき遊びに来ては一日中でも過ごせる親しい間柄で、法科大学を卒業してすぐに実業家のたまごになっており、胃弱の主人を花見に誘ってくれたりしています。 引っ込み思案の主人とは異なり社会的な常識には富んでいますが処世術や世間体が対象のもののみなのです。 我輩を見て泥棒が入っても知らぬ顔とか鼠も捕れないならもらって煮て喰うと主人に話ししているのをきいたことがあるのです。 彼は色んないきさつのあとついに主人の好まない実業家金田の令嬢富子を嫁にもらうことになるのは先方が実業家であることに通じるものです。 自分でその前祝いのビールを買ってきて来客中の主人の家を挨拶もせずに乗り込んできた気炎をあげて乾杯をする勇敢ものです。 大海を小船で乗り回して釣りにいったがなにも釣れなくても浩然の気を養うためだとか、実業家での信用上のため舶来の煙草を吸って見せびらかしたりします。 作者の細君つまり「夏目鏡子」夫人による著書「漱石の思い出」では彼のモデルは実在した大飯喰いで有名な俣野義郎という人なのです。
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この記事URL:http://tndt.mitekaite.com/?art_id=9
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>>> 我輩は猫である
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下女の御三 2008-01-13 08:33:44 |
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我輩が生まれてまもなく初めて出会った人間がこの女中の御三で、我輩を受け入れずに追い出そうとした多角性の本人そのもので、顔かたちが河豚提灯の様にふくれていてそれが残酷なので両目は紛失しているというのが我輩の実感なのです。 いちど魚の秋刀魚を盗んでやってすっとしたことがあります。 空腹でベートーベンのシンフォニーにも劣らぬ鳴き声でなんども食事をうながしても平気で無視するところから色盲ならず音盲にちがいなく、また味噌汁を七輪で沸かしているときには木炭をその角で割って七輪へ入れるとき割れた真っ黒なこなが汁の中に入ってもまったく無頓着な人間だというのが我輩の観察の結果なのです。 主人が隣の中学校との談判で“校長か幹事か教頭を呼んで来い! ”と厳命してもニヤニヤ笑って校長という言葉しか知らない埼玉生まれの御三は小使いでも連れてこないか心配させる場面は愉快きわまるところです。 主人の部屋へはいつも真っ赤な手を差し出して手紙や来客などを伝えますが、彼女御三の本名は最終部分でやっと「清」(きよ)と判明します。 これは細君が来客中に隣の部屋での「女」に関する主人の説明を遠方で聞いたようなときに彼女を呼ぶところでのことです。 (「ぼっちゃん」でも同様の名前のお手伝いおばさんがでてきます)
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この記事URL:http://tndt.mitekaite.com/?art_id=8
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>>> 我輩は猫である
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子供たち 2007-12-30 07:20:25 |
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我輩の家には上から、とん子・すん子そして幼い“ぼうば”(女児でも当時はそうよばれていた)という三人の女の子がいます。 上の二人は学校を休むことなくよく通い帰っては「うさぎさん」の唱歌を歌い、手毬をついてときどき我輩を尻尾でぶらさげる陽気なこどもです。 “ぼうば”はやっと小児用の箸をわし掴みできて味噌汁かけごはんをこぼしながら口に流し込める状態です。 来客のときは庭から飛び出してきて土産のお寿司をねだったりし、その人の頭の禿げを第一に発見するのは姉のとん子で、そしてすん子は“お母様のように光ってる! ”と公言するしまつです。 この長女は威厳を保つことがありますがとんでもない間違いを平気で話し、“火事になって茸が飛んできた”とか元禄と双六を取り違えたりします。 主人はこれを聞いて笑っているが、自分は間違いだらけの英語を学校で生徒に平気でおしえているらしいのです。 我輩の主人はこれら三人が女性であることと嫁がせることを意識はしているがその手腕や能力がないことも意識していますが、それなら生産しなければいいのに、つまりいらぬ事を捏造して苦しんでいる、それが人間たるものだと我輩は思っています。 我輩は退屈なときはこれらの子供の背中に突然飛びつく運動や“ぼうば”の寝床にもぐりこむことです。 実際の漱石には数人の子女がいました。
わきが 解消
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>>> 我輩は猫である
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部屋 2007-12-22 13:08:10 |
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主人の家にはいろんな人たちが訪問しては多くの話題で盛りあがった時間をもっているのを我輩はたたみの部屋の隅からいつも拝聴しています。 ある日訪ねてきた男は主人のむかしの同窓でその風情や語り方からみていかにもそれらしいので哲学者とよぶことにしたのです。 主人は彼にたいして英語の教師として通っている学校のことや生徒そして実業家への不満や平生の不平・不満そして一人喧嘩のことなど多々打ち明けるのですが、それをじっくり聞いたあと彼は主人へその対応やアドバイス的なことを話しながら教えます。 彼は主人にとってはいつも泰然として気楽そうにみえており、彼の説明では西洋人のいう積極的というものはまったく際限のないもので決して満足は得られない主義であり、それよりも消極的な精神の修養がもっと大切であると言います。 さらに貧乏人が富豪者に勝てたり一般に世間を変えることは不可能であって、変えることができるのは自分の心だけであることなどをとうとうと述べていき、そのほかこと細かいことまでが含まれていてほかの内容とも興味ある説明をしていきますが、主人はそれをきいて無言のまま自分の書斎へ閉じこもってしまうほど説得力と魅力が含まれています。 現代の私たちにも大いに参考になることを彼は当時述べているのです。
アルバイト
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>>> 我輩は猫である
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細君 2007-12-22 13:06:52 |
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我輩の主人の細君の頭には“はげ”があるのです。 これを最初に見つけたのは縁側でその黒髪を流しているのを腹ばいになって文章を書いていた主人なのでが、二人の結婚後は礼儀などというものはすっかり捨て去った超人的な夫婦なのです。 (事実、漱石はロンドンから鏡子夫人には手紙でその手入れについての注意を具体的に書いてきているくらい気にしていたのです。 )縁側でそのことから話が始まり主人は結婚前から禿げていたのか結婚後に禿げたのか心では騙されたような気分になり、また泥棒の盗難品表を主人が書くときには高価な黒じゅすと縮緬の帯や糸織りの羽織を着ていることなどからもついには二人の口論にまでなってしまい、細君の気丈夫さが強調されています。 主人は気分が悪くなったときについうっかり英語をつかってしまうのですが、これまた細君は気に入らず耶蘇の生徒をなぜ貰わなかったのかなどの口論がここでもあるのです。 細君はまた非常な朝寝坊でよく主人や子供が先に目をさましていることがあります。 主人がいくら諭しても細君は非常な強情を言いはっていくくだりはだれしもが経験するところで興味あふれるところです。 主人の夕食時に我輩は横で座って眺めるのですが、細君に向かって我輩を鳴かせるようにたたけというときにもラテン語がでてきてだれしも熱中するところです。
春休み アルバイト
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>>> 我輩は猫である
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水島寒月 2007-12-09 12:54:52 |
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このモデルは明治から昭和の時代に実在した地球物理学者で文学者でもあった「寺田寅彦」(1878~1935)といわれており、“天災は忘れたころにやってくる”という名言を残した人です。 我輩の主人の教師時代の弟子の一人でいつも主人を訪ねてきて艶っぽい話や、バイオリン演奏会の体験そして主人が好まない実業家の金田家の令嬢との恋のなりゆきのことなどを話していく理学士なのです。 主人はいつもそれを羨ましそうに聞いていますが、主人の小説にはこの寒月の理科の実験の話などがよく取り入れられていて漱石も彼をかなり当てしていたのです。 理学協会での「首吊りの力学」の演説の練習を迷亭と共に聴く場面では三角関数の方程式があって二人を閉口させるところなど、作者が建築家を希望していて数学にも関心があったことを伺い知ることができます。 主人とよく喧嘩をする姪の雪江さんが張った障子の張り紙の曲面を彼が見て“超絶関数”でないと数学的に表現できないというくだりでもそれを感じさせます。 主人が英語を教えている学校の生徒の恋文事件でその生徒を救ってやったのも彼の主人への助言によるものです。 バイオリンを彼が買うまでのいきさつと初めて弾くときの展開にはついつい熱中して読んでしまう傑作な部分です。
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>>> 我輩は猫である
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登場人物・迷亭 2007-10-28 00:18:53 |
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我輩の主人が水彩画に熱中し始めたころ友人で美学者の迷亭という男が悠然と舞い込んできます。 彼は遠慮・心配・気兼ねなどをすべて振り払って生まれてきたといういつも陽気な男で最後までその中心的な一人をなして現代のわたしたちには“憧れ的”な存在でもあるのです。 罪のない冗談やおどかしのたぐいをいれて人をかつぐのを楽しみにしている男で、イタリアの画家の逸話を本当らしく苦沙弥先生に話して先生が信用してしまうところはじつに笑いを誘うところです。 先生が出かけたあと奥さんに本の大切さを説明するところは、さすがに作者の優越した学問の力を感じさせます。 彼の叔父さんは古風な一漢学者にすぎないのですが、近所の実業家の夫人には男爵と言って話が進むところもついつい引き込まれて読んでしまいます。 この叔父さんはつねに鉄扇を手に持っていて、建武時代の生(しょう)の良い鉄だから磁気を狂わすことがないと信じています。 我輩の先生はこの昔かたぎの老人とは挨拶すら言えないところがじつに愉快な場面です。 迷亭が山中で妙齢の娘と老夫婦の住む一軒屋で“蛇飯”をご馳走になるところはその生なましいような実感をともなう興味のあるストーリーになっています。
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>>> 我輩は猫である
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我輩の誕生 2007-10-28 00:17:59 |
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この作品が発表された当時はそのユニークさによって “ 我輩も猫である ”や“ 我輩は蚤(のみ)である ”などなどの模作が続出したほどです。 どこで生まれたかとんと見当がつかぬ我輩は最も獰猛な書生という人間を初めて見たのですが、気かついたときは池のほとりに居て小雨のなかを歩きつつ一軒の家を見つけて入ろうとしますがそこの下女の御三に出会いなんども追い出されるのです。 そこへここの主人である英語教師の珍野苦沙弥先生が出てきて御三の苦情を聞き“そんなら置いてやれ”の一言でここを自分の住居と決めることから物語は始まり、その一家のことを述べ始めていきます。 この主人とはめったに顔を合わせないと言っているのは学校から帰ると自室にこもってしまうためで、たいていは覗くと昼寝していることや胃弱のくせに大飯を食うこと、教師はいやだといいながらバイオリンや水彩画などに手を出すが長続きしないことなど面白さを感じさせる描写が続きます。 いかに慎重されなかったのは名前さえ付けてもらえなかったと言っていますがなによりも受け入れてくれた主人の昼寝のときは背中に乗り新聞を読むときは膝に乗る、さらには人間の我がままさや幼い子供たちとのことや知り合った黒猫そして愉快な主人の友人のことを我輩は読者に強い共感を覚えさせてくれます。
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>>> 我輩は猫である
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夏目漱石 2007-10-28 00:09:57 |
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千円札から消えて久しいが彼のフアンにとっては寂しい思いのする明治時代の文豪で、本名は夏目金之助(1867~1916)といい東京で生まれた英文学者・小説家です。 1900年に国からの留学金によりイギリスへ向かい約2年間ロンドンにて英文学の研究のため滞在し、その記録ほかは「倫敦塔」などに発表され少しずつ名声を得て東京の高校での英語教師となりましたが、諸事情により新聞社へ入社する一方当時の文壇で活躍の人たちとの交流をしつつ執筆活動を中心にしていき、持病の胃病の悪化によって旅行先の伊豆で50歳のころに没しました。 そのとき国からの博士号の授与を断ったのも漱石らしさであるといわれています。 イギリスからの帰国後は精神的に不安な状態でしたが当時の著名な俳人高浜虚子のすすめで「我輩は猫である」を処女作でとして雑誌「ホトトギス」に発表し11回にわたって連載され精神も健康的にはなってきました。 一匹の迷い猫から見た太平の逸民の会話や人間の社会を述べたもので最後まで続く猫の語り口調が非常にユニークであり、21世紀の私たちの身近に通用することが多々あるのは漱石の“先見の明“の鋭さを示しています。 彼の当時の自宅をそっくり模写したものが愛知県の明治村に存在しており、またロンドン南部にも「漱石記念館」があってイギリス人のフアンが多く訪ねているところでともに彼のフアンには必見の場所です。
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